仙台地方裁判所 昭和34年(レ)21号 判決 1960年8月09日
控訴人 宍戸勘之進
被控訴人 河野長吉 補助参加人 国
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し、仙台市長町字西の平一番の七山林一反五歩のうち別紙図面表示の赤斜線(斜線)の部分を引き渡せ。
訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人の負担とし、その余の部分は、第一、二、三審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、当事者双方の求める裁判
控訴代理人は、主文第一、二項と同旨の、および訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二、請求原因
仙台市長町字西の平一番の七山林一反五歩(以下「本件土地」と略称する。)は控訴人の所有である。即ち、右同番の土地はもと山林七反一畝三歩で訴外吉井久太郎の所有であつたところ、訴外佐藤栄五郎が昭和二九年一一月三〇日右土地を吉井久太郎より買受けて、同年一二月六日、これを同字一番の七山林一反二畝、同一番の九山林四反四畝三歩および、同一番の一三山林一反五畝の三筆に分筆し、控訴人は同三〇年一月一〇日右一番の七山林一反二畝を右佐藤より買受け、同月一四日その所有権移転登記を経由し、その後右一番の七を分筆により一反五歩(本件土地)とした。
ところが、被控訴人は本件土地のうち別紙図面表示の赤斜線(斜線)の部分を開墾して占有するので、控訴人はその所有権に基き、本件土地の引渡を求める。
三、被控訴人及び補助参加人の訴訟代理人の答弁並びに主張
本件土地が控訴人の所有であることは否認するが、その余の事実を認める。仮に控訴人が訴外佐藤栄五郎より本件土地を買受けたとしても、本件土地のうち控訴人が主張する被控訴人らの占有部分は、被控訴人らの開墾により、控訴人と佐藤栄五郎との間の売買がなされた昭和三〇年一月一〇日当時、既に畑地となつていたものであるから、農地法第二条にいわゆる農地であり、本件土地の所有権を移転するには宮城県知事の許可を要するところ、控訴人は右許可を受けていないから、右売買は無効であり控訴人は本件土地の所有権を取得しない。
更に、本件土地は被控訴人の所有である。即ち宮城県農地委員会は、昭和二二年六月頃、自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称する。)第三〇条に基き、訴外吉井久太郎所有にかかる本件土地を含む分筆前の西の平一番の七山林七反一畝三歩を買収の時期を同年七月二日と定めて同人より未墾地買収する旨の計画を樹立し、同年六月九日その旨の公告をなし、ついで宮城県知事は同二四年四月一日吉井久太郎に対し、右土地を買収する旨の買収令書を交付した。ところで宮城県農地委員会は、右西の平一番の七山林七反一畝三歩について新たな地番を創設して本件土地を含む部分を西の平二番山林三反とすることを予定していたが、買収による所有権移転登記をしないまま右西の平二番山林三反を被控訴人に売渡す旨の売渡計画を売渡の時期を同二四年一一月一日と権めて樹立し、これに基き宮城県知事は被控訴人に売渡通知書を交付した。
以上のように国が自創法に基き本件土地を買取し、被控訴人に売り渡したので、被控訴人は所有権に基き本件土地を開墾・耕作して占有している。
仮に本件土地の買収・売渡処分が無効であるとしても、被控訴人は昭和二四年一一月一日国より本件土地の売渡をうけて以来本件土地を過失なく占有してきたのであるから、同三四年一一月一日の経過とともに本件土地の所有権を時効により取得した。
四、被控訴人及び補助参加人の主張に対する控訴人の答弁並びに主張
三の主張のうち本件土地中被控訴人主張の部分が控訴人買受の当時、被控訴人の開墾により畑地となつていたこと、被控訴人の主張するような買収令書が吉井久太郎に交付されたことは認めるがその余の事実を否認する。
本件土地に対する買収売渡処分は以下の理由により当然無効である。
即ち、被控訴人主張のころ、宮城県農地委員会が、西の平地区一帯の多数の山林につき同時に未墾地買収計画を樹て、その際、大宮三七及び吉井久太郎共有の芦の口西の平一番の一山林三町四反一畝二九歩のうち二町八反九畝二歩なる土地を未墾地買収する旨の計画が樹立され、公告されたことはある。しかし右のように多数の土地を同時に買収する計画を樹立する際、本件土地を買収する計画は樹立されておらず、従つて公告されたこともない。又売渡については、仙台市富沢字西の平二番山林三反外三筆の土地を河野長吉に売り渡す旨の売渡通知書が被控訴人に交付されたことはあるか、被控訴人主張のような売渡通知書が交付されたことはない。
仮に本件土地に対する買収・売渡が有効になされ、被控訴人が本件土地の所有権を取得したとしても、被控訴人はその登記を経ていないから、その所有権をもつて控訴人に対抗できない。
五、証拠
控訴代理人において甲第一ないし六号証、第七号証の一ないし四、第八、九、一〇号証、第一一号証の一、二、第一二ないし二七号証を提出し、甲第一九、二五各証は偽造文書であると述べ、原審証人関伝治、差戻前当審証人関伝治(第一、二回)、差戻後当審証人関伝治、阿部専吉の各証言を援用し、乙第一ないし七号証の成立を認める、と述べた。
被控訴人、補助参加人訴訟代理人において、乙第一号証、第二、三号証の各一、二、第四ないし八号証を提出し、原審証人佐藤栄五郎、菅原正志、高橋勇、差戻後当審証人菅原正志、福田正の各証言を援用し、甲第一、二、四号各証の各法務局作成部分の成立を認めるがその他の部分の成立は不知、第三、五号証、第七号証の一ないし四、第一三、一七、一八、二二、三三、二四、二六、二七号証の各成立、並びに第八、九、一六号証の各成立及び原本の存在を認める。第六号証、第一一号証の一、二、第一二、一四、一五、二一号証の各成立は不知、第一九、二五号証はいずれも真正に成立したものである、と述べた。
理由
訴外吉井久太郎が分筆前の仙台市長町字西の平一番の七山林七反一畝三歩を所有していたが同人から訴外佐藤栄五郎が昭和二九年一一月三〇日右山林を買い受けこれにつき所有権移転登記を経由し、同年一二月六日右山林を控訴人主張のように西の平一番の七山林一反二畝ほか二筆に分筆し、控訴人は同三〇年一月一〇日右一番の七山林一反二畝を買い受け、同月一四日右売買に因る所有権移転の登記を経由し、次いで同三二年一一月四日右一番の七は分筆により現在の一反五歩となつたことは当事者間に争がない。
被控訴人は右佐藤と控訴人との売買は当時土地の現況がすでに畑であつたのに拘らず宮城県知事の許可を受けないでなされたものであるから無効であると主張するので判断するのに、控訴人が右佐藤より長町字西の平一番の七山林一反二畝の土地を買受けた当時、右土地のうち、被控訴人占有部分(約三分の一に該当する。)がすでに被控訴人の開墾、耕作によつて畑地となつていたことは当事者間に争がなく、控訴人が本件土地を売買により取得するにつき宮城県知事の許可を受けていないことは控訴人の明らかに争わないところである。ところで、現況が耕作の目的に供されている土地であればいかなる場合でも、その所有権移転につき県知事の許可を必要と解すべきものではなく、土地の耕作権原を有しない者が他人の土地を開墾して農地にした場合には、所有者としてはかかる効果を甘受すべき理由はないのであるから、右開墾者は農地であることを理由に県知事の許可なくしてなされた所有者と他人間の売買の無効を主張しえないものといわなければならない。従つて被控訴人において、自らなした開墾・耕作が正当な権原に基くものである場合に限り、かかる主張が許されるものと解すべきである。
そこで進んで被控訴人の権原の有無につき判断するのに、被控訴人は、本件土地を自創法に基く未墾地売渡処分により取得したと主張する。そして、吉井久太郎は昭和二四年四月一日宮城県知事より分筆前の西の平一番の七山林七反一畝三歩を未墾地買収する旨の買収令書(乙第七号証はその写)の交付を受けたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第五号証によれば、右土地を買収する旨の記載があるけれども、他方原本の存在並びに成立に争のない甲第九号証(当庁昭和二七年(行)第四号事件において仙台市より取り寄せた宮城県農地委員会作成の未墾地買収計画書)と差戻前当審証人関伝治(第一、二回)、差戻後当審証人関伝治、原審証人菅原正志、高橋勇の各証言とを綜合すると、宮城県農地委員会は昭和二二年六月頃、仙台市鈎取地区一帯の未墾地につき、自創法第三〇条に基き同時に多数の買収計画を樹立することとなり仙台市耕地課がその立案の衝に当つたこと、その買収計画書は一枚の用紙に同時に数個の未墾地を記入する様式であり右計画案はそのまま宮城県農地委員会の議決を経て知事の認可を受けたのちはその正木一冊が仙台市耕地課に保管されていたこと、右買収計画書によると、吉井久太郎と大宮三七共有の仙台市大字芦の口字西の平一番の一山林三町二反一畝二九歩のうち二町八反九畝二歩なる土地をも買収すべきものとしてこれに編入されているが、同市長町字西の平一番の七の土地を買収すべき旨の記載は全く見当らないこと、昭和二三年一月頃吉井久太郎に右大字芦の口字西の平一番の一山林の前記一部を買収する旨の買収令書が交付されたこと、しかし右買収対象たるべき土地は登記簿と一致しておらず吉井久太郎はこれに該当する土地を所有していなかつたので買収令書を返還し買収の効力を生じなかつたこと、その後になつて前記認定のとおり宮城県知事から乙第七号証のように訂正された買収令書が吉井久太郎に交付されたことが認められる。そこで前記乙第五号証(前記昭和二七年(行)第四号事件で宮城県農業委員会から取り寄せた未墾地買収計画書)のうち右西の平一番の一に関する記載が右乙第七号証の買収令書の同番の土地に関する記載と同一であることと併せ考えると、乙第五号証の買収計画書は被控訴人の主張する昭和二二年六月頃のものではなく(当時のものはそれに基いて発せられた筈の吉井久太郎に対し第一回目に交付した買収令書におけると同じ土地の表示をしていたもの、即ち仙台市耕地課備付の正本たる甲第九号証と同一のものであつたものと考えられる)右認定のように吉井久太郎が西の平一番の一の買収令書を返還した以後に訂正されたものであると認められる。そうとすれば、乙第五号証の買収計画書及び乙第八号証(鈎取地区未墾地買収計画を公告した昭和二二年六月六日宮城県公報第二九九七号抄本。これによつて公告された買収計画はその日時に徴し前記訂正前のものと推定される)によつては、被控訴人主張のころ、分筆前の長町字西の平一審の七につき買収計画が樹立され、かつ公告されたことを認めるに足りず、反つて、前記甲第九号証によれば、右西の平一番の七につき昭和二二年六月頃買収計画が樹立された事実がないことが明らかであり、右認定に反する原審証人菅原正志、高橋勇、当審証人菅原正志、福田正の各証言は前記認定に対比してたやすく信を措き難い。
してみると宮城県知事が吉井久太郎に買収令書を交付してなした買収処分は第一次のそれは虚無の土地を目的とするものとして、又第二次のそれはなんら買収計画に基かない点において重大明白なかしのある無効の処分というべく、仮に被控訴人の売渡を受けた土地と本件土地との同一性が認められるとしても、右売渡の前提をなす買収処分が無効である以上被控訴人はこれによつて本件土地の所有権を取得するに由ないものといわなければならない。従つて、被控訴人、補助参加人のこの点に関する主張は理由がない。
更に被控訴人は昭和二四年一一月一日以来占有していることを理由に時効取得を主張するが、控訴人が本件訴訟を昭和三〇年二月二三日提起していることは訴訟上明らかな事実であり、その占有につき仮に他の要件を充足するものとしても時効は中断していることが明らかであるから、この点に関する主張も理由がない。
そうすると、被控訴人の本件土地に対する占有は、結局始めから権原なきことに帰着するから、さきに説明した理由によりかかる立場にある同人のなした開墾を根拠に控訴人の本件土他の取得を非議し得べき余地がなく、控訴人は冒頭認定の経過により本件土地の所有権を取得したものというべきである。それ故控訴人の所有権に基く本訴請求はその余の判断を俟つまでもなく理由があり、控訴人の請求を棄却した原判決は失当として取消を免れない。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九四条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中川毅 飯沢源助 小泉祐康)
図<省略>